医師法違反!医業ってどこからどこまで?
脱毛逮捕からみる医師法
第五章 業務
第十七条 医師でなければ、医業をなしてはならない。
第十八条 医師でなければ、医師又はこれに紛らわしい名称を用いてはならない。
医師法は、医師免許をもっていない人が医行為をおこない逮捕されるときに適用させる法律です。例えばエステ店がレーザー脱毛をおこなって逮捕されるなどです。医師の免許がないのに医業をすると当然、取締を受けます。そもそも医業とは医行為を業としておこなうことです。そして医行為とは「医師の医学的判断をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」です。レーザー脱毛機を使って人に施術をすることは、医師の判断がなければ人体に危害をおよぼす可能性があるということです。そして、最近は激減しましたが、以前はエステの光脱毛でも医師法違反で逮捕されるエステ経営者がいました。取締へのきっかけは脱毛施術の副作用として火傷が生じたことです。火傷は、健康被害であり被害届が出されれば警察は医師法違反で取り締まるのです。被害届と火傷の診断書を証拠に警察は、副作用で火傷を生じさせた施術を医行為とし、業としておこなっていたから医師法違反と決めつけるという論理です。エステ店はこうした論理に対抗するために、火傷の副作用対策の改良がすすんだ光脱毛機器をつかうようになり脱毛施術で火傷させるエステ店も減り、取締事案も減ったのです。
警察の取締の論理は以下の厚労省通知にもとづいています。医師法違反の範囲として挙げられている、毛乳頭を破壊する脱毛行為、入れ墨やアートメイク、酸をつかったピーリングを業としている情報に接した場合は都道府県の行政担当が実態調査や指導をしますが、具体的な被害届が出て、かつ被害の程度が証明できる場合以外は警察による逮捕はまずありません。
○医師免許を有しない者による脱毛行為等の取扱いについて
(平成13年11月8日医政医発第105号 各都道府県衛生主管部(局)長あて厚生労働省医政局医事課長通知)
最近、医師免許を有しない者が行った脱毛行為等が原因となって身体に被害を受けたという事例が報告されており、保健衛生上看過し得ない状況となっている。
これらの行為については、「医師法上の疑義について」(平成12年7月13日付け医事第68号厚生省健康政策局医事課長通知)において、医師法の適用に関する見解を示しているところであるが、国民への危害発生を未然に防止するべく、下記のとおり、再度徹底することとしたので、御了知の上、管内の市町村並びに関係機関及び関係団体等にその周知を図られるようお願いする。
第1 脱毛行為等に対する医師法の適用
以下に示す行為は、医師が行うのでなければ保健衛生上危害の生ずるおそれのある行為であり、医師免許を有しない者が業として行えば医師法第17条に違反すること。
(1) 用いる機器が医療用であるか否かを問わず、レーザー光線又はその他の強力なエネルギーを有する光線を毛根部分に照射し、毛乳頭、皮脂腺開口部等を破壊する行為
(2) 針先に色素を付けながら、皮膚の表面に墨等の色素を入れる行為
(3) 酸等の化学薬品を皮膚に塗布して、しわ、しみ等に対して表皮剥離を行う行為
第2 違反行為に対する指導等
違反行為に関する情報に接した際には、実態を調査した上、行為の速やかな停止を勧告するなど必要な指導を行うほか、指導を行っても改善がみられないなど、悪質な場合においては、刑事訴訟法第239条の規定に基づく告発を念頭に置きつつ、警察と適切な連携を図られたいこと。
入れ墨、アートメイクの摘発状況
ところが、この10年ほどで様子に変化があらわれました。暴力団対策法関連の取締強化と符号するように2010年から入れ墨をおこなう彫り師への医師法違反による取り締まりが強化されはじめたのです。同年7月、兵庫県警が彫り師で暴力団組員の男を医師法違反容疑で逮捕。広島県警も同年9月に彫り師を逮捕しています。昨年2月には熊本県警が自称彫り師で暴力団幹部の男を逮捕。しかしエステ脱毛による火傷被害のような明確な副作用に相当する事実はなく、証拠も用意できなかったため3件とも不起訴処分でした。警察庁のデータによると、10年から4年間に各地の警察が同法違反容疑で摘発したアートメイク経営者も38人にのぼっています。
医師法違反での入れ墨やアートメイク関連の取り締まりにもっとも力を入れているのは大阪府警です。2015年8月、大阪心斎橋のアメリカ村で「チョップスティックタトゥー」の代表と彫り師計5人を逮捕。11月には名古屋市西区の「エイト・ボール・タトゥー・スタジオ」の経営者や彫り師計4人を逮捕しました。また同年4月に開催予定だった「大阪墨祭」という彫り師イベントも大阪府警が中止に追い込んでいます。
大阪府警は摘発強化の大きな理由を健康被害と暴力団の資金源になる可能性を断つためとしています。「入れ墨は文化だ」という声に対しては「片一方の意見だけでなく反証として医師の意見も聞く必要がある。芸術かと聞かれても当職は答える立場にはない」と回答。「健康被害の問題があるから医師法違反になる。ならば取り締まる価値がある。これを野放しにするのは違反が蔓延し不作為とそしりを受ける。国家資格なしでの医業、医行為は看過できない」としました。当時、大阪府警が指摘した健康被害の危険性は以下。
・針が真皮や皮下組織に達するので感染症を伴うが彫り師では対処できない。
・器具の使い回しによってHIVやC型肝炎などの感染症が蔓延する可能性がある。
・店に喫煙場所があったりペットがいたりして不衛生。
・雑菌が血液に入れば敗血症になる恐れがある。
・術後にワセリンを塗る程度では患部が化膿する。
・器具に血液が付着した場合二次感染が生じる。
・インクに鉄、銅、バリウムなどの金属が含まれている。
・インクの影響で肉芽腫病変や金属アレルギーを発症する恐れがある。
・インクの金属のためにMRI検査を受けられなくなる場合もあり疾患の発見が遅れる。
・皮膚がんを発症したケースもある。
逆転無罪判決をくだした大阪高裁
2014年8月、大阪府吹田市の彫り師が医師法違反で在宅起訴され簡易裁判所による罰金30万円の略式命令を受けました。同彫り師は罰金の納付を拒否し法廷闘争を決意。正式に憲法違反であると不服を申し立て、2015年12月25日に大阪地法裁判所(以下、大阪地裁)で公判前整理手続きが開始されました。弁護人は「タトゥーは人類が古代から脈々と受け継いできた身体装飾の表現。医師でなければタトゥーを入れてはいけないとなると、タトゥーを入れたい人の自己表現の権利まで侵害される。摘発は職業選択の自由や表現の自由など、憲法上の価値に対する配慮を欠いている」と主張し違憲の無罪を訴えています。
2017年9月、大阪地裁は「医師が行わなければ保健衛生上、危害を生ずるおそれのある行為」とし、入れ墨を施すことは「医行為」とだとして有罪判決をくだし罰金15万円を言いわたしました。被告人は控訴し、舞台は大阪高等裁判所(以下、大阪高裁)へと移ります。
2018年11月14日、大阪高裁は被告人に逆転無罪判決をくだしました。判決理由は以下の3つです。
1・入れ墨を施術するには医療関連性がなく医行為に該当しない
2・入れ墨施術には、医師の医学的判断が必要ではなく、限られた簡易な専門知識で足りる
3・入れ墨の文化、歴史といった観点からすると医師だけしか入れ墨を施術できないとするなら憲法に定められた職業選択の自由を侵害するおそれがある
当然、検察側はすぐに控訴手続きをしました。今後は、最高裁判所で審理がおこなわれ、入れ墨を施術する仕事は医業なのか? という解釈に国が最終回答をすることになります。着目点は入れ墨は医業となされ入れ墨業は違法となるのか? それとも入れ墨業は医業にあたらないという判決が出るのか? 入れ墨が医業でなくなるとき、アートメイクの扱い、線引はどうなるかです。最高裁は、大阪高裁の判決を支持して検察の上告を棄却するのか、それとも逆転有罪にするのか、判決によって今後の医師法の運用の景色がまったくちがったものになるでしょう。